母に会いに行ってきた。
2025年7月から母は施設に入っていて、面会時間が決まっている。
面会のルールは施設によって違うけど、
母がいる施設は、昼過ぎから夕方5時までは、事前連絡なしで自由に面会できる。
だけど私は平日は6時前まで仕事だから、会いに行けるのは週末だけだ。
実家にいた時みたいに、仕事帰りに様子を見に行くことはできなくなった。
施設には電車とバスを乗り継いで行く。
車窓からは桜。もうすぐ満開だ。ピンクのトンネルが美しい。
母はお花好きだから、元気な頃はいろいろな場所に花を見に出掛けていた。
——お母さんを連れてきてあげたいな。
って思ったけれど、もうそれは難しい。
母は車椅子で、もう自力で動くことができない。
気温に合わせたお洋服をきちんと着せて、ベッドから車椅子に移乗させて、もう一度お洋服を整えて、
手が車輪に巻き込まれないように注意して、ひざ掛けも車輪に巻き込まれないように注意して、
それから介護タクシーを手配して、桜並木のそばまで連れて行って、
周囲と本人の安全を確保しながら桜を見せる。
考えただけでもめまいがしてしまう。
春に桜を見られるって、当たり前のことじゃない。
私は車窓から美しい桜を眺めた。
*
母は認知症が進んで、もう発話ができなくなってしまった。
だから私のことを娘だとわかっているのかどうか、正直なところよくわからない。
それでも私が面会に行くと——少し、嬉しそうな顔をする。
「優しい誰か」だとは思ってくれているんだろう、きっと。
それでいい、と思うことにしている。
*
母は、本当は、施設には絶対行きたくなかった。
家で、父と弟と、ずっとずっと一緒に暮らしたかった。その気持ちは、痛いほどわかっていた。
でも、自宅での介護はもう無理だ。私が——入所を決断した。
施設でひとりぼんやりしている母を見ると、ごめんねって思わずにはいられない。
決めたのは私。ぜんぶ私のせいにしてくれていいからね。
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今日はiPadで、母にYouTubeのニャンコ動画を見せてきた。
母の実家ではずっと猫を飼っていたから、母はニャンコ好きだ。
可愛らしいニャンコ動画を見せると、母はよく笑顔を見せてくれる。
母のこの笑顔のためだけに、私はYouTubeをプレミアムに変更したくらいだ。
広告をなくし、オフライン再生で通信容量を節約している。
お母さん、私は意外と涙ぐましい努力をしてるんだよ。
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ちょうどおやつの時間が来た。
これも計算した上で、私は面会時間を調整している。私がいればおやつの食事介助ができるからだ。
ニャンコ動画に夢中な母に、声をかけながらおやつを食べてもらう。
気に入ったおやつの時は、目線をおやつに落として「食べたい」とアピールしてくる。
母は食べることも大好きなのだ。
——認知症になって、忖度しなくなったよね、お母さん。
帰り道、また桜が見えた。
来週も来るね、と心の中で言いながら、バスに乗った。

