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2年ぶりの帰省、迷宮の入り口

父からの電話を受けて、両親の様子を見に行くことにした。

2019年の年末に食事に行って以来だから、実家に行くのは久しぶり。
コロナ禍で足が遠のいて、気づけば2年も経っていた。

最寄り駅を降りて、いつもの陸橋を渡る。

寝たきり?話ができなくなる?
なんでそんなことになってるの?何があったの?

思考のループが止まらない。

たった2年しか経ってないのに、辺りはすっかり様変わりしていた。
団地があったはずの場所は、いつの間にか大きな公園になっていて大きな木々が生い茂っている。
その深い緑の中を、私はただ歩き続ける。

思考のループは、まだ止まらない。

話ができなくなるってどういう意味だろう。怪我?病気?
お母さんはいま、どういう状態なんだろう。
不安が押し寄せてくる。

小雨が降っているせいか、ここには誰もいない。
歩いても歩いても、誰にも出会わない。

世界に取り残されてひとりぼっちになってしまったような気分のまま、歩き続ける。
それでも歩き続けていれば、この深い緑の中から抜けられるはずなのだ。


公園を抜け、この住宅街の坂を下りたら、そこが実家……のはずが、住宅街が終わらない。
あら?この住宅街、なんか長くないか??

気づけば見知らぬ大通りに出ていた。
え?ここどこ?

慌ててスマホのGPSを開いて確認すると、表示されたのは全く見覚えのない住所だった。
なんだこれ?実家とは真逆の方向だ。

最寄り駅から歩いて10分ほどの実家に帰れなくなるなんて信じられない。意味が分からない。
他人の心配してる場合か?私のアタマの中の方がよっぽど心配だ。

駅まで戻るには遠すぎる。バス停もない。タクシーも通らない。

「駅に着いた」とメールしてから、かれこれ30分は経っている。
さすがにヘンだと思っているだろう。

恥ずかしい。恥ずかしいが、仕方ない。

実家に電話をかけると弟が出た。
「……あのさ、迷子になったみたい。ちょっと迎えに来てくれないかな?」

しばらくの沈黙のあと、呆れたように弟が言った。
「……どこにいるんですか」

渡る陸橋を間違えて、あさっての方向に歩いて行って、私は迷子になってしまった。

仕事だって介護だって、初動を間違うと結果が大きくズレてしまう。
行動し続けることは大事だけれど、方向性はもっと大事だ。

そして何より、心の余裕を失ってはダメだ。周りが見えなくなって迷子になる。

私はいまでもあの深い緑の中を、ひとりぼっちで歩いているような気がすることがある。

帰れるはずの場所に帰れなくなる感覚——このあと介護の中で、私はこの感覚を何度も味わうことになる。

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